優しい嘘と過ぎた日々
ひと / 優しい嘘 / ゆめ 左記の三話、短篇集です。
目覚めると人間が復活して三年が過ぎていた。
雪に閉ざされた山の奥。
かつての恩人を探してアークは再びエクルマータを訪れた――。
*優しい嘘 より
白に閉ざされた世界はしんとして、雪を踏み分ける音とアークの息遣い、風が梢を揺らす音がよく聞こえた。遠く聞こえる獣の鳴き声も。
エクルマータで人間を復活させてから、世界は三年という時を刻んでいた
――そうラサの人間から聞かされただけで、アークにその実感は全くと言っていいほどなかったのだけれど。
アークはエクルマータで赤子のように丸まり眠っているところを発見されたのだという。
雪山で発見されたとは言え怪我らしき怪我もなくまた衰弱した様子もなく、
程なくして目覚めるかと思いきやアークは意識不明のまま眠り続け、目覚めたのは発見から三年余りが過ぎていた。
目覚めた彼を待っていたのはそれらの事実。
それから、それまで言葉を交わしていた植物や動物たちと、話せなくなっていたことだった。
最後に見た景色と何ら変わった様子のない世界に、アークはどこかほっとしたように息を吐き出した。
人が復活してからの世界はまだラサしか知らない。けれど、彼の知っていた世界と変わっているであろうことは確かだった。
白く染まった息はゆらゆらと立ち上り空へ溶けて消えた。
「どこだったかな……」
冷え切った得物を握る手に息を吐き出し、アークはぐるりと周囲を見渡す。
かつてエクルマータを訪れたとき雪崩に巻き込まれた。その場所を探すため、記憶を頼りに歩を進めどなかなかその場にたどり着けなかった。
巻き込まれたときは余りに突然で、なんとか脱出した後もその場所を確かめる余裕などなかったのだ。
――私もがんばって生き延びてここを出るから。
あの声の主をどうしても見つけたかった。
「おーい、アークこっちこっち!」
遠い場所でふよふよとピンク色の物体が跳ねていた。
「雪で覆われてるから足元気を付けろよ」
多分ここだと思うと、その場所の上をくるくるとまわって示す。
警告通りに手にした得物で雪を払いながら進めば、雪で半分隠された地の底へ延びる穴があった。
「よくやったヨミ!」
入り口から底は見えないが、覚えのある絶壁にごくりと喉を鳴らした。