おうちに帰ろう

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「なーんて冗談。さて、もう遅いし帰ろっか」
 そう言って立ち上がると彼は右手で衣装の裾を払い、欄干に腰掛けまま彼を見上げるイルトに左手を差し出す。
 その手を振り払ったのは、素直にとるのが気恥ずかしかったからで、「あっ」と思った時ときにはもう手遅れだった。せっかくの好意を無駄にしたのが気まずくて、視線を合わせること無く欄干から飛び降りる。 少しだけ残念そうに彼が息を吐き出したのがわかった。
「気にしないで。さっ、ポタだすから乗っちゃってよ」
 短い詠唱と共にブルージェムストーンが砕け散り、ワープポータルが展開される。それを確認すると、にこりと笑って彼は言った。
「さぁ、おうちに帰ろう」

* * *

 イルトは日課の監獄での狩りを終え、収穫物のエルニウムをぽんぽんと弄ぶようにしてプロンテラの露店街を物色していた。
 欲しい装備はいくつもあったし、エルニウムを高く買ってくれそうな露店があれば幸運だと思いながら。
 並ぶ露店はカードや高額装備から、うさ耳やたれ猫といった趣味装備、ブルージェムストーンやハエと蝶の羽といった雑貨、ホワイトポーションや肉などの回復剤といったように多岐に渡る。
 イルトの前を歩く騎士は数ある露店を一件ずつ覗いているのか遅々として歩みは進まない。石畳が赤く染まる時分、イルトと同じような狩り帰りの冒険者が多いのかプロンテラは酷く混雑しており、追い抜かすこともままならず舌打ちをする。
(こういう時、マント邪魔なんだよな……)
 彼の背で揺れるウィザード衣装のマントは、時折すれ違う人物の剣や杖といった武器に引っかかり鬱陶しかった。
 南カプラから北上し十字路まで来る頃になってよやく人が分散しはじめたのか混雑が解消され、はぁとため息をつきながら赤い髪を撫で付ける。十字路を東に曲がり露店街を抜けた。このまま東カプラまで行って、それから宿に向かおうか……そう思考を巡らしているときだった、
「おにーさん」
 と少し舌っ足らずな少女の声に呼びかけられたのは。
「……なに?」
 普段なら無視する声に足を止めたのは、声に聞き覚えがあったから。
 視線の先、人通り外れた場所で露店を開いていた――そして今は片付けはじめているらしい――アルケミストの少女がにこりと笑う。
 肩を半ばまで過ぎた銀髪に頭の上にちょこんと乗る青い猫。
 その胸元に光るのはイルトが身につけているエンブレムと同じ物――イサナという名前の少女はイルトと同じギルドに所属しているのだ。
 少女は右耳に手をあてるように小首を傾げると、不機嫌そうなイルトに問いかけた。
「おにーさん、今日はギルドハウスに戻りますか? マスターとか寂しがってます」
 陳列していた商品を慣れた手つきで手際よくパンダカートにしまう少女は、頭の猫と同じ色の瞳を向け、たまには顔を見せてください、と口にした。
「あんたに関係ないだろう」
「それはそうですけど、心配なんです。同じギルドのメンバーですし」
「それこそ」
 ――関係ない、そう言おうとしたとき、シュンという音と「見つけた」という低い呟きが聞こえた。
「ユノちゃん!」
「イサナ、グッジョブ!」
 イルトが振り返った先、腕を組んで立つのはプリーストの青年ユノーだった。彼の胸元にも同じギルドのエンブレムが光っている。長い金髪をポニーテールにした男は、珍しく怒ったような表情を浮かべていた。
「顔合わせるの何日ぶり?」
「別に毎日顔合わせるとか、そんなルールないだろう」
「だからってここ十日ずっと戻ってないだろう。みんな心配してる」
 怒鳴るのはではなく、抑えつけたような淡々とした喋り方に反論できず、思わず押し黙ってしまった。

 イルトがそのギルドに誘われたのは二月ほど前、監獄行きのパーティでユノーと一緒になったのがきっかけだった。
 決して強引な勧誘ではなかったものの、断るに断れず――今から思えば人恋しくもあったのだろう、しばらくして抜ければ良いやと流されて加入へ至った。
 その点は自分が悪いとの自覚も、イルトにもあった。
 ル・シエルという名前のそのギルドは、退魔プリーストの女性をギルドマスターに据え、勧誘者の支援プリースト・ユノー、アルケミストのイサナ、他に騎士とハンターの男性が二人と女性セージといったメンバー六人で構成された小さなギルドだった。
 ギルドマスターの持ち家を拠点としたそのギルドは、メンバー間の仲も良く、居心地の良いものだった。それだけに、その空間にいることが耐えられなくて「狩りだから」「依頼遂行中だから」或いは「レベルがもうすぐ上がりそうだから」と様々な理由をつけて、ギルドハウスにはなるべく近づかないようにしていたのだ。

「気に入らないなら脱退すれば……って僕の話聞いてるの?」
 イルトが黙っている間もこんこんと説教を続けていたユノーは、どこかいらついたような口調で詰問する。
「ああもう、うるさいんだよ!」
 言い草に無性に苛立った。腰のポーチからそれを取り出し、
「俺のことは放っておいてくれ」
 それだけ言い残して、イルトはぐしゃりとハエの羽を握りつぶした。

 視界が暗転した先はプロンテラ城の入り口だった。カプラの前なら他の街へ行くことだってできたのだ。舌打ちしながら門をくぐり城内を駆け抜けた。走るなという衛兵の怒鳴り声が聞こえたが、それすらも無視をして。
 攻城戦の舞台たるヴァルキリーレルムを抜けたその先、橋の上まで来てようやくイルトは足を止めた。足はがくがくとしてこれ以上走れそうにないし、心臓は早鐘を打っていて、息も上がって苦しかった。
「ああ、くそっ」
 飛び出た悪態は、体力のない己自身に向けて。それから、癇癪を起こした子供のような振る舞いに対して。
 流れ出た汗をぬぐい、げほっとひとつ咳き込んで欄干にもたれかかる。ひやりとした石の表面が火照った体に心地良く、咳き込みそうになるのを抑えながら何度も何度も深呼吸した。

 週末の、ギルド攻城戦の際は拠点として使われることも多いこの場所も、この時間帯にいるのはイルトだけのようで、小川のせせらぎがよく耳に届く。
 深呼吸のせいか、思ったよりも早く呼吸も心臓も落ち着きを取り戻し、アークワンドをそうっと橋に横たえると、マントの裾を下敷きにしないよう気をつけながら欄干に両手をついて体を持ち上げ、腰をおろした。
 冷たい風がイルトの頬を撫でていき、空は茜色から少しずつ紫紺へ色を変えていく。

 あのアルケミストやユノーが純粋に心配してくれているのは知っていた。
 いや、二人だけじゃない。
 他のメンバーも、ギルドで孤立しがちなイルトに積極的に話題を振り、輪の中に引っ張っていくのだ。
イルトは他人が嫌いだとか人見知りをするわけではないけれど、好意を向けられることが酷く怖かったのだ。特にあのおせっかいなプリースト。彼らに好意を持ち、そしてもしも失うことがあれば決して立ち直れないだろうから。
「素直になれたら……」
 もっと楽になれるんだろうか?
 言葉は音にならず、唇から漏れただけだった。

「もう、イルト! こんな、ところにいたのか」
 ぜぇはぁと息を荒らげたその言葉に、はっと顔を上げる。
「日も暮れたし危ないよ」
 プリースト――ユノーは先程のイルトのように肩で息をしながら空を指さした。
 紫紺に染まっていたはずの空には、隅に少しのグラデーションを残し、濃紺に支配されている。きらりきらりと輝く星々と片隅に浮かぶ三日月に、どれだけここでじっとしていたのかを思い知った。
「もう! 君はウィザードだし、ここらのモンスター相手なら支援型の僕より強いのは知ってる! だけど、ひとりでこんなとこにいたら本当に危ないから気をつけて。おせっかいなのは自覚してるけどこれだけは言わせてもらう」
 返答のないイルトをどう勘違いしたのか、青年は一気にまくし立てると彼のすぐ隣に腰をおろし、深呼吸を繰り返した。
「帰るんじゃなかったのか?」
 そのまま動かないユノーにからかうように声をかければ、キッっと睨みつけるように見上げてくる。
「そうしたいんだけどね、どこかのウィザード様がいきなり居なくなってくれたおかげでプロンテラ中走りまわったんだよ。だからちょっと休憩だ、まったく、どれだけ心配してると思ってるんだ?」
「わーるかったなぁ」
 反省している素振りもないイルトの棒読みのセリフにユノーは困ったように苦笑する。
「ホントに悪いと思ってないでしょー。家族とまでは言わないけど、仲間や友達がいなくなるのって怖いってこと知ってるだろう? 顔とか見ないと結構心配する」
「……悪かった」
 呟いて視線を向ければ、ユノーの空色の瞳とぶつかる。どこか安心したような表情のプリーストは、目を逸らすと欄干に背を預けるようにもたれかかる。
「さっきはきつくい言い過ぎたごめんね。……聞きたかったんだけど、イルトが僕らのこと避けるのってなにか理由ある? 言いにくいことなら黙秘してくれてかまわないけど」
「また答えにくいことを……笑うなよ」
 欄干を握る手に自然と力が入る。
それは幼い日のことで、今でも時折夢にみる。そうして目覚めたときに恐怖を覚えるのだ。隣に立つ誰かが、好意を持った誰かが、そうなるのではないか、と。
「ずっと昔家族、事故で死んでるんだ。だから誰か大切な人が出来て、また同じ思いをしたくないって思ったから、だから避けてたっていうそれだけの理由だよ」
「それは笑えないよ……誰だってそう思うのは当然だしね」
 なるほどね、とユノーが小さく呟いたそれっきり沈黙が続き、居心地の悪さにイルトは迷いながら切り出した。
「どうして、俺に構いたがるんだ? 加入のきっかけはお前だけど、別に放っておいても構わないだろう」
「うーん、難しい質問だな」
 ひょいと状態を起こし、体を少しイルトに向けるように座り直したプリーストは、空を仰ぎ見て言った。
「イルトをギルドに誘ったのは年齢も実力も近そうだし、一緒に狩りに行ける友達とかになれたらって打算もあったんだよね。狩りの時の立ち回りとか上手かったし……なんかどっか寂しそうだったのが気になったし。あとはうーんそうだね、君が好きだから」
「……はぁ?」
 思わぬ言葉に目を白黒させれば、ユノーはけらけらと笑い始める。
「なーんて冗談。さて、もう遅いし帰ろっか」
 そう言って立ち上がるとユノーは右手で衣装の裾を払い、欄干に腰掛けまま彼を見上げるイルトに左手を差し出す。
 その手を振り払ったのは、素直にとるのが気恥ずかしかったからだ。気づいたときにはもう手遅れで、気まずくて、視線を合わせること無く欄干から飛び降りた。少しだけ残念そうに彼は息を吐き出し、右手を耳元に持っていく。それから首を少し傾けて、
「気にしないで。さっ、ポタだすから乗っちゃって」
短い詠唱と共にブルージェムストーンが砕け散り、ワープポータルが展開される。それを確認すると、にこりと笑って彼は言った。
「おうちに帰ろう、イルト」
 子供扱いするような言葉に少し照れながら、展開されたポータルの上に足を運んだ。

* * *

「おかえりなさいイルト!」
 転移時特有の視界の暗転後、揃いも揃った声に出迎えられて、イルトは狼狽えたように背後に立つプリーストを見遣る。
「なん、で」
 帰ってくるの知ってるんだ?
 イルトの呟いた言葉はぽつんと小さなギルドハウスの中に沈んでいく。
 二人を出迎えるように立ってていたのはギルドメンバー達。彼らは揃いもそろって、まるで悪戯が成功した子供のような、嬉しそうな笑顔をそれぞれ浮かべていた。
「WIS」
 そういって一歩前に出たのは、イサナだった。
「こうやってたの、気づいてなかった?」
「イサナとユノーがな、こうやって私たちに情報くれてたわけよ」
 右手を耳に添えてみせる少女の頭を撫でながら、ギルドマスターは言った。
「まっ、そういうことで。誰かに出迎えてもらえるっていい事でしょ?」
 器用に片目を瞑ってみせて、ユノーは笑うと、とんとその背中を押す。
 いきなりの事にイルトは数歩よろめき、みんなの前に立ってしまって。
「おかえりなさい、イルト」
 もう一度、ユノーから言われた言葉に目頭が熱くなって、それを隠すように頭を振るとにっと笑って、
「ただいま!」
 と口にした。

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2011/02/27発行同人誌「おうちに帰ろう」の再録!
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