ありったけの勇気で!

戻る | 進む | 目次
 ここ数日目前にまで迫ったイベントのせいか、街を歩けばふわりと甘い香りが漂っていた。どの露店を見ても、ホワイトチョコやカカオ、イチゴなどが並んでいる。そう、バレンタインがすぐそこまで来ているのだ。
「あーもう、どうしよう……」
 プロンテラの一角。露店街より少し離れた場所で赤い花飾りを身につけたダンサーはかつて無いほど真剣に悩んでいた。
 その彼女の目の前に並ぶのは、チョコレートの乗ったかご。その更に奥にちょこんと座るベビーアルケミストは、普段頭に乗せている青い猫を膝の上で抱くようにして、
「そんなに悩むなら持っていけばいいのに」
 とろんと眠そうな目を瞬かせると小首を傾げて言った。
「だって私料理下手なんだもん!」
 金髪が乱れるのも気にせずぶんぶんと頭を振ると、改めて溜息をつき、彼女――メイは座り込んだ。
 世間は今、すぐそこまで来ているバレンタインなるイベントに向けて賑わっていた。商魂たくましい商人たちは予め集めていた材料を露店に並べ、冒険者果ては一般人の女性を対象に商売を始める。
 メイの所属するギルドでは、女性陣とイベント好きな男性陣が嬉々として連日のように材料を集めてはチョコレートやクッキーを作り上げていた。それらは毎年、世話になっている友人たちに振舞われるのだが。メイも彼らに混じって挑戦するものの、どうも火加減や分量を間違えたりして、チョコレートを作れば謎の塊が誕生しクッキーを焼けば炭ができるという有様。
 バレンタインデーはもう明日なのだ。自由にできる所持金などそれほどないし、目の前の露店に並ぶ材料を買うのが精一杯。失敗したらどうしようと、そればかりを考えて買えないでいた。
「なら私が見ますよ? 一緒に作りましょうか」
「ホントに! やった」
 きゃらきゃらと嬉しそうに笑うメイに、アルケミストもふわりと笑うと「すぐに片付けます」とチョコレートの乗ったかごとイチゴをまとめて持たせた。

 * * *

「それじゃ明日がんばってね」

 アルケミストの少女にそう応援されたのは昨日の夕刻。
 悪戦苦闘の末に、ようやっとハートの形のチョコレートが完成したのだった。
 そのチョコレートをいれた箱を手に、メイがギルドハウスを訪れたときには既にその人物は外に出ていった後だった。
 ギルドメンバーのプリーストは楽器を片手に南に向かったと証言し、その言葉に少しだけ迷いながらメイは右手を耳に当てる。
『ごめん、リュセ、今大丈夫?』
 耳打ちの相手は同じギルドに所属するバードのリュセリオだった。
 いつもならすぐに応えがかえるのに反応がなく、臨時にでも行ってるのだろうかと肩を落としたとき、
『ん、どうしたの?』
 と、どこかのんびりした声が響く。リュセリオの声は耳に心地のよい低さでメイはとても好きだった。
『えっと、今日どこか時間あいてない?』
『うーん、お昼過ぎかな、それくらいならいいよ。ギルドハウスでいい?』
『うん、それじゃまた後で』
 それだけをかわす、右手をはずし、はぁと息を付いた。何でもない会話なのに、どうしてこんな疲れないといけないのかと考えながら、どうやって切り出すか、メイは考え始めた。

 待ち人のリュセリオは、正午を少し過ぎた頃に戻ってきた。片手には愛用の楽器、もう片手には荷物袋をぶら下げて。
「ごめん、呼び出して」
「気にしないで、遅れたのはこっちだし」
 言って、リュセリオは楽器を壁に立てかけると、メイと並ぶようにソファに腰掛けた。
「今日呼び出したのはね、その……」
 箱を取り出すとは、ギュッと目をつむり、半ば押し付けるようにして青年に渡す。
「今日、ば、バレンタインだから! ずっと好きだったの」
 一息に言い切って俯いたまま顔が上げられなかった。リュセリオは断るでも受取るでもなく沈黙を保ったままで、不安なきもちでいっぱいになりながらそうっと顔を上げた先で、リュセリオは目を丸くしたまま固まっていた。
「……リュセリオ?」
「あ、ありがとう! ……貰えると思ってなかったから嬉しい」
 呼びかけに我にかえったように瞬くと、メイの手から包装された箱を大事そうに受け取り、リュセリオははにかんでみせた。箱をひと撫ですると、一言ごめんと断ってそうっとテーブルに置くと自分の荷物袋の中から同じく包装した箱を取り出した。
「開けてみて」
 そういって差し出された箱を恐る恐る受け取ると、促されるままにリボンをほどき箱をあけた。
「これ……!」
「ほしいって前言ってたから」
 そういって差し出されたのは、花のカチューシャだった。メイは確かに何度か、けれど冗談交じりに、それが欲しいと口にしたことはあった。けれどそれはお酒の席の話で、まさかリュセリオが覚えているとは思わなかったのだ。
「えーとね、先に言われてかなり格好悪いけど、僕もその……好きだよ」
 照れたように言う青年の視線の先で、メイは先程のリュセリオのように目を丸くして、音にならない声で「ほんとに?」と、口にしたのだった。

* * *

「知らぬは本人ばかりってだけなんだけどねぇ」
 微笑ましそうに言うのはプリーストで、その傍らにいたアルケミストは同意するように頷いた。
 本人は秘密にしていたつもりらしいが、メイの想い人がリュセリオで、そしてリュセリオの想い人がメイであることは周囲にはバレバレだった。なにせふたりとも、互いに互いの姿を追っているし、戦闘でそばにいることの多い彼らが仲がいいこともギルド全員が認識していた。むしろ、今まで付き合っていないことのほうが驚きだったのだ。
「リュセリオもどこか抜けてるし、仕方ないよ」
 にこにこと、自分のことのように嬉しそうな笑みを浮かべて少女は言い、プリーストの服の裾を引っ張る。
「邪魔しちゃわるいからお外いこう」
「だね」
 一度だけプリーストは二人に視線を向ける。
 その先では、互いに少し照れたように笑いながら、話をするダンサーとバードの姿があった。

----------------------------

2011/02/27発行のペーパー「ありったけの勇気で!」の再録!
戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 2020 All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-