慌ただしい朝は嫌いだ。
連日の残業で寝不足は続いているし、寒さが余計に布団から出るのを嫌にさせる。
トースターにパンを投げ込んで、焼きあがるまでに洗顔と着替えを済ませてしまう。
テレビをつけて、ざっと目を通しながらパンをお腹に収めるのだ。
物騒な事件の続報のあと、天気予報が始まる。
午後からの降水確率は八十パーセント。
外は良い天気なのに、どういうことだろう。
昨日の夜干した洗濯物を取り込むのに、更に時間をロスする。
バタバタしながら化粧をして髪を整えて、家を出ようとした時に、テレビを消し忘れたのを思い出す。
駅まで全力で走って、電車に間に合うかどうか。
これを逃すと、次はぎゅうぎゅうの満員電車になってしまう。
イライラするのを我慢して、せっかく履いた靴を脱ぎ部屋に戻る。
電源へ手を伸ばした時、
「――た探索機が、いよいよ宇宙へ飛び立ちます」
聞き覚えのある名前に、思わず画面を食い入る様に見てしまう。
概要は簡単だ。
今日の昼、資金難やトラブルで頓挫していた惑星探査機がようやく、宇宙へ飛び立つのだという。
「あ、遅れちゃう」
詳細は気になったものの、慌てて電源を落とし、家を出た。
その日の仕事はめちゃくちゃだった。
社内での連携が上手く行っておらず、結果お客様に迷惑がかかってしまった。
提出した顛末書はリテイクを何度もくらい、仕事が終わったのは定時から既に一時間が経過してからだった。
会社を出ると既に土砂降りで、排水しきれない水が道路に少しあふれていた。
横なぶりの雨に濡れ、駅につけば信号トラブルとやらで電車は遅延。足元はもうびちゃびちゃだ。
愛用のウォークマンは狭いロッカーで一日歌い続けたらしく、今はうんともすんとも言いやしない。
散々な一日だった。
午後七時もまわり、少しお腹が空いたから、少しだけと言い訳をしながら売店へ向かう。
電車はまだ、来そうになかった。
サンドイッチとコーヒーを手にとって、ふっと新聞が目についた。
「探索機、無事宇宙へ」
「悲願の成功」
「――の夢、ついに」
どこの新聞も、見出しにでかでかと書かれる内容は同じだった。
「ああ、やっと成功にこぎつけたみたいだね」
売店の女性は、視線に気がつくと笑ってそういった。
「じゃあこれも」
「はい、毎度」
小さな袋にコーヒーとサンドイッチ、新聞を入れてもらって受け取った。
ホームの隅っこでサンドイッチを平らげて、それから新聞を広げてみた。
発射されるシーン、喜びをわかちあう人々の写真が掲載され、その成功が称えられている。
その写真と小さくながらも見覚えのある顔がうつっていて、思わず頬が緩んでしまった。
ずっと昔、ある探索機が小惑星からサンプルを持ち帰ったことがある。
それはちょっとしたお祭りのようで、映画まで作られた。
それを見て、彼はいつかそういったことに関わりたいのだと、力説していたことがあった。
昔から、宇宙に興味を持っている子で、もっとずっと幼い頃は月へ行くのだと語っていた。
大きくなって、宇宙飛行士ではないものの、希望通りの進路に進み、数年ぶりに参加した同窓会では宇宙への愛を鬱陶しがられるほどに語っていた。
彼の語った夢は、はじまりの一歩だけれど、ようやく踏み出せたのだろう。
気づけば電車の到着を告げるアナウンス。慌てて新聞を折りたたみ鞄に詰め込む。
電車に乗る直前、ふっと携帯を開けばメールが一通。
『見てくれた?』
それは、そんなタイトルからはじまっていた。
お題:彼が愛した宇宙 必須要素:新聞 制限時間:2時間
単発。現代よりちょっと先の未来のお話。作中の「ある探索機」は、はやぶさのこと。資料なさすぎていろいろでっち上げ。