男の足を掬う砂は果てさえ見えぬ彼方まで続いていた。
時折吹き抜ける風は生ぬるく、砂を巻き上げ男の視界を奪った。
天を覆うのは青ではなく灰色の分厚い雲で、その隙間からほんの一筋の光が地上へ差し込んでいた。
「……ぁ」
男の口から漏れたのは音にならなかった空気だけだった。
男は知っていた。
気が遠くなるほどの遠い昔、空を望んだ人々がいたことを。
男は知っていた。
彼らの努力が未だ報われていないことを。
そして男は知っていた。
どれほど現実に絶望しようともそこから逃れる術がないことを。
歩くことを止めた男は、ごろりと大地に横たわる。藍色の双眸は灰色の空をじっと見つめていた。
分厚い雲は少しづつ形を変え空を渡り、風は男の上に砂を運ぶ。
やがて夜が来ても男は身動きひとつせず空を見つめていた。
やがて朝が来ても男は身動きひとつせず空を見つめていた。
男は若い。
二十を少し過ぎたほどくらいの若さで、砂にまみれた髪は黒く肌は不健康なほどに青白い。
擦り切れボロボロになった外套は、今や砂に埋れまみれて元の色さえ判別しにくいほどだった。
まるで死んでいるかのように身動ぎせず、男は横たわっていた。
三日三晩そうしていても、空はどんよりとした雲で覆われて、ほんの一瞬だけ青を見せたっきりだった。
やがて六日目の朝を迎え――ぽつりぽつりと、雨が降り始める。
それは男から砂を洗い流し服が水を吸ってぐっしょりとしても降り止まず、七日目の朝になってようやく勢いを弱めた。
相変わらず男は藍色の瞳を空へ向けていた。
そして男は眩しさにようやっと目を細めたのだ。
やがて男は立ち上がると、砂に足を取られながらも再び歩み始めた。
雨と共に雲は消え去り、久々の青空が広がった。太陽の日差しは優しく大地を照らし気温がぐんと上がっていく。
日差しのない生活に慣れきった男には強烈な明るさだったが、彼は気持よさそうに歌いながらあてもなく北を目指した。
気の遠くなるほど昔から、ずっとそうしていたように。
<永遠を歩む者>
それが男の名だった。