僕はその人の事を、先生と呼んでいる。
彼女は僕の養い親であり、この十年近くの間、衣食住の面倒をずっと見てくれている。
同時に呼び名の通り先生であり、文字や算術、地理や歴史と知っていることを教えてくれた。
彼女の名前は、ルディス・イェーラ。
当代最高の魔女と謳われるだけの、強大な魔力を持つ魔法使いだ。
腰ほどまでの少し青みがかった銀髪に左右で違う色の瞳が特徴的で、いつだって穏やかな笑みを浮かべている。
その傍らにはいつも、尾羽が少し青みがかった、赤い鳥がいる。
その鳥の名前はユーアといって、先生の相棒なのだという。
先生は、サンテラスという名前のギルドと、魔法使いを束ねる組合に所属している。
前者は、気の合う人たちが集まって結成された集団で、後者は職業組合だ。
先生はそのふたつから受ける依頼の報酬で生計を立てていた。
そして当代最高と言われるだけの、実力を持っている。
それが僕の自慢の先生だった。
けれど、傍から見れば完璧な先生には弱点があった。
例えば、自分の住む東の大陸以外の言語が苦手。
読み書きはできるもの発音が苦手でたどたどしい喋り方しかできないこと。
雷鳴が苦手で、その日はカーテンを閉めきってずっと閉じこもっていること。
そして朝も苦手なこと。
意外なことに先生は朝が苦手だった。
放っておけば昼前まで夢のなか、起きてもしばらくは寝ぼけたまま。
最初は意外でかわいいなと思ったけれどこれがなかなかにやっかいで。
先生が人と会う約束をするとき、それが午後に限定される理由がわかった。
僕が来るまではユーアとふたりで暮らしていたのにどうしていたのやら。
僕は、先生のことが好きだ。
それはこの九年間、親の代わりをつとめてくれた彼女に対する家族愛的なものでもあるし、異性に向ける愛情でもある。
けれど、あくまで弟子と扱う彼女には伝えられない。
伝えて、この関係が壊れてしまうことが、僕が一番恐れることだから。