... 墓標 ...
[TOP]  /  みんなで100題チャレンジ!企画様参加作品 /  使用お題:027:墓標(追憶の苑様より)

 その亡骸はいつかそう口にしていたように、大樹の根元に埋葬された。
 葬儀と呼ぶには余りに質素な別れの儀式には、生前親しくした少人数で木々のざわめき中執り行われた。
 墓標となったのは泉のほとりにあった石だった。
 その墓の主のために丁寧に磨かれた小さな石の表面には、
「1380-1402 此処に眠る」
 と、それだけを短く刻まれた。

「またいつか」
「ゆっくり休めよ」
「元気でなこの馬鹿が」

 参列者は思い思いに声をかけ、最後の別れを終えたあとひとりまたひとりと、名残を惜しむように立ち去っていく。
 その中でただひとり、黒髪痩躯の若者だけはその場に留まった。
 参列者の最後の一人の背を見送ると青年は色違いの土を踏まぬよう気をつけて、墓石のそばに腰を下ろす。
 墓の主が眠る場所は、赤や橙、黄や桃色の花で埋め尽くされていた。
 中にはこのあたりでは見かけない花まであり、田舎なのにどこから集めたのやら、と青年は苦笑する。

「なぁ、この森ならゆっくり休めるだろ」

 外界の争乱より遮断された森は静かで、穏やかな時間に満ちていた。
 あえて名を刻まなかった墓標をまるで硝子細工でも扱うように青年はぎこちなく撫でる。

 墓標の主である人間は、青年の親友と呼べる数少ない友人だったのだ。
 人好きのする人物で、よく笑い、自分が傷つくことも厭わず行動しそして他者のために涙を流す心優しい人物だった。
 人嫌いだった青年ですら、そうだったことを忘れてしまうほどに。
 立てた膝に青年は顔を埋めると、なんでだよと短く漏らす。

 第一印象が最悪だったことは覚えていた。
 そのはじまりがなんであったかなど記憶の彼方だったが、とにかく、下らない口論をしたことだけは覚えていた。
 成り行きで仕方なくと心中で言い訳しながら共に行動することになって、 嫌々だったのがいつしか背中を躊躇いなく預けられるくらいに信用するようになって。
 仲間たちと火を囲みながら、他愛もない言葉を交わす――もう取り戻せない過去の出来事だ。

 もしもはありえないと、青年は知っていた。
「平和だったらまだ笑ってくれてたかな」
 それでもそう思わずにはいられなかったのだ。
 青年が漏らした言葉に応えはなく、胸に抱えた色々な思いを捨てるように溜息を吐いた。
 ぐいと袖で目元を拭うと青年は立ち上がり、いっそう赤くなった目をもう一度墓標に向けた。
「ゆっくり休め、友よ。いつかまた会おうぜ」
 青年は、刻まれなかった名を大切そうに口にすると、背を向け立ち去った。


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掲載日:2011/04/19
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