... 暗い部屋 ...
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 小さな音を立てて、血の染みで読みにくいページをめくる。

 両親は既にいなかった。
 育ての親には死んだと言われたが、それを聞いても悲しいとも寂しいとも思わなかった。
 壊れものを扱うように優しく抱いてくれた女性と、大きな手で頭を撫でてくれた男性。
 両親と思われる二人の姿だけはかろうじて思い出せたが、その当時の自分はあまりにも幼かったのだ。

 外の世界に響く楽しそうな声を、半ば憧れながら聞いていた。

 その時のことは育ての親<ラズ>に聞いた。
 嵐の夜、両親と共に倒れていたのだという。
 近くには壊れ、めちゃめちゃになった馬車と見るも無残な馬の死体。散らばる荷物に獣の足跡。 大方魔獣にでも襲われたのだろうと、ラズは言う。

 分厚い遮光布のおかげで、部屋には光が届かない。薄暗い部屋の中、揺らめく蝋燭の灯が唯一の光源。

 ラズがその光景を目にしたとき、既に女の息は絶えていた。
 ―――我らは、吸血により命を繋ぐ一族。その血を引いていても望みがあるならば、リーン<神に愛されし子>を育ててくれればありがたい。
 発声すら辛いであろうに男は切れ切れに訴えた。

 ――外に出たい。
 囁く誰かの声。

 リーンは純粋な人間ではなかった。
 彼の父が言ったように吸血族であろうことは間違いない、と。
 見た目こそ人間と同じだった。けれどラズや村人に比べて一部の歯は鋭く、視力も良かった。暗闇で明かりなしで活動できるように。
 成長するにつれて実感もした。身体能力すら違うと。それだけでなく、意識すればつめも鋭く伸び、簡単な魔術や使い魔も扱えた。

 ――死んでしまうかもしれない。
 そんな声が聞こえる。だから、あと一歩を踏み出せない。

 泥と血に汚れた一冊の手記。
 残されたもの。

 日記だったのか、事故の前日までのことが詳細に残されていた。
 父の名はアルザイル、姓はウェゲナー。
 母の名がイザベート、姓はイーサラ。
 両者から与えられた名前はリーン。ウェゲナー=イーサラ・リーン。
 <神に愛されし子>とはなんとも皮肉な名前ではないだろうか。
 アルザイルは闇に生きる吸血族。
 イザベートは光に生きる人間族。
 二人のあいだに生まれたのは、禁じられた異なる種族間の子。忌み子でしかないのに。
 手記には悩みの形で、弱点のことが書かれていた。曰く、太陽の下をイザベートと共に歩けない、と。
 生まれる子は、願わくは彼女に似てくれるようにと。書かれていた。

 ぱたんと音を立てて本を閉じる。
 今日もまた、日が暮れた。


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掲載日:2010/12/23
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