... 石蛍 ...
[TOP]

「ちょっとそこの貴方。面白いものがあるんですが、見ていきませんか?」
 メインストリートから少し離れた裏通り。
 薄暗くじめじめとしたその場所で、ファンは怪しげな男に呼び止められてしまった。
 男は体よりも大きい漆黒のローブを纏い、色褪せた金髪を背に流していた。 整った顔立ちで、年齢はファンより少し上の二十代前半と言ったところだろうか。菫色の瞳が印象的な男だった。
「遠慮させてもらうよ。俺、急いでるしね」
 ファンは答えて、紙袋を抱える腕に力を入れる。ガサリと紙袋が音を立てた。

「別にとって喰おうというわけではないですから、そう警戒なさらずとも」
 男はくつくつと喉を鳴らし、それからふと真面目な声で言った。
「貴方は石蛍というものを知っていますか?」
「蛍石なら知ってるけど」
 イシホタルは知らない、とファンは首を振って答えた。
 男は、ふっと笑みを浮かべると懐から黒い布で覆われた瓶を取り出す。
 瓶の大きさは掌に納まる程で、口はコルクのようなものでしっかりと塞がれている。 男が瓶を揺らす度にカラカラと何かが乾いた音を立てた。
「この中に、石蛍がいるんだよ」
 見てみないかい?
 男の、何処か試すような口調にファンは思わず頷いていた。
 その反応に満足そうに笑って、男は瓶の蓋を取り去った。
 瓶を振り、石蛍を自らの掌に乗せファンに見せる。
 灰色の石蛍の大きさは親指の爪ほどで、細長く尻にあたる部分は他と比べ僅かに赤みがかっている。 その表面は少しごつごつしているようで、まるで石のようだとファンは思った。
「石でできた蛍だから、石蛍ってか?」
「違いますよ」
 嘲るようなファンの台詞に男は穏やかな口調で答えた。手にした石蛍を再度ファンに見せてから男はそれを空へと放り投げる。
 重力に従って地上に落ちるかに見えた石蛍は、しかしそうはならなかった。 ふわりと浮き上がった石蛍は、狭く薄暗い路地の間を淡い光を放ちながらゆっくりと飛んでいく。それは本物の蛍のようで。
「石でできた蛍だからじゃありません。見ていればわかりますよ」
 石蛍は路地に差し込む僅かな光に惹かれるように飛んでいた。
 やがて、日光を浴びたとたんに蛍は飛ぶことをやめ地面に落ちた。
 男はゆっくりとした動作で、それを拾い上げファンに見せる。
「石蛍は、暗闇の中でしか生きれません」
 手にした紙袋を落としたファンに、なおも男は言葉を続ける。
「石蛍は光を浴びると石化して死んでしまいます。まるで、蛍石のようでしょう? 石になる蛍だから石蛍」  ファンの視線の先、男の手に燐光を放つ小石が乗っていた。
「何で、こんなものを俺に見せた?」
「なんとなくですよ、なんとなく。貴方にこの子を差し上げましょう」
 男はそう言って、別の黒い布に覆われた瓶の中に、二匹の石蛍を入れた。
「光を浴びない限り石蛍は永遠と生き続けます。生かすか殺すかは貴方次第。死んだ石蛍の死骸は高く売れますしね」
 楽しみにしてますよ。
 男は小さく呟いた。
「それじゃお元気で。――ファン君」
 男はふっと笑うと、その姿を路地の闇に溶け込ませ何処かに立ち去った。
「なんなんだよ……」
 呟いたファンが手にした瓶の中で、カラカラと乾いた音がした。

 生かすも殺すも貴方次第。楽しみにしてますよ。

 男の楽しそうな声が聞こえた気がした。


[TOP]

掲載日:2010/10/11 初出:2004/10/26
Copyright (c) Itsuki Kuya All rights reserved.