... その手には剣を ...
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 乗っていた馬車が魔獣に襲われて。
 ああ自分たちはここで死ぬんだと思ったとき、騎士たちが助けてくれた。
 統率された動きで魔物を切り裂いて、庇うようにして立つその大きな背中、風にはためくマントと光る切先。
 その姿を見ていつか自分もその握った剣で誰かを守りたいと、そう思った。

 ウチは慎ましい生活を送るには困らない程度の稼ぎはあったけど、正直言って贅沢できるような余裕はなかった。
 基礎学校だけはなんとか通わせてもらったけど、騎士学校に行ける程、お金があるわけじゃなかった。
 だからどうしたかっていうと、奨学生を目指したんだ。
 なんとか奨学生として騎士学校に通えることになった時は、おれだけじゃなくって家族もみんな喜んでくれた。
 座学は最初読み書きに苦労したけど、教養科目も楽しかった。実践訓練なんてもっと楽しかった。
 今すぐに夢を叶える役に立ちそうにもなかったけど、いつか、役立つかもしれないと思ったからこそ、必死に取り組んだ。
 入学して十一年が経って、見習いからようやっと騎士に叙任されて。
 やっと夢が叶ったのだと思った。
 あの時の騎士たちのように、次は自分が誰かを守るために剣を取るのだと。

「あんだけ騎士になるなる言ってた奴がまさか、やめるなんて、な」
「うん、自分でもそう思う」
 騎士学校時代からの付き合いの相棒は、呆れと少しの軽蔑のこもった声色で言ってくる。
 ようやく憧れの騎士になったのだ。
 騎士学校時代に比べればとは、座学は難しいわ訓練は厳しいわ辛いこともあったけど、 その程度でやめたいと思うほど、この思いは軽くはなかった。
 守るためだと握ったその剣は、害するものを排除するためだと思っていた。 現実は違い、向ける対象は守るべきもの。守りたいと思った人に、その切っ先を向けることなんて、もっとできやしなかった。
 民を守るべき王はいつしか狂い、守るべき剣を、あろうことか傷つけるために使い始めたのだ。
「せっかく見習いから一般に格上げされたんだ、続けりゃいいのに」
 と、そいつはおれの決意を嘲笑うように言うけれど、そんな現実認めたくなかった。
「おれが目指したのは守るための剣だ。誰かを傷つけるために、剣を手にしたんじゃない」
「それは理想論だろ。守るためだと言っても、結局のところその剣で誰かを傷つけてる。矛盾してるじゃないか」
「確かにそうかもしれない。だけど、だけどおれは少なくとも、同じ国の人間に剣を向けたくなんかなかった!」
 叫んで投げつけた騎士の紋章は、カツンと軽い音を立てて床に落ちる。

 かつて見た騎士は、その紋章を誇りだと言った。
 紋章の裏に刻まれた言葉―― Lu Fia Sword, Nua dioly, wia'z yel 'fasdam dia kisdam'. ――それに込められた意味こそが、騎士の誇りなのだと。

 冷たい床に転がるその誇りを相棒は拾い上げ、差し出してくる。
「……朝出ていくのか?」
 相変わらずの冷めた青い一対の目を向けて。
「そのつもりだ。返却するのもあるし、脱退願いだってまだ受理されてやしない」
 大きな布鞄に着替えやら私物やらをつめこんで、簡素なベッドの上には支給された隊服やら武具が積まれていて。
 それらにちらりと視線を走らせた相棒は、左手でガシガシと頭をかき乱しため息を吐いた。
「悪いことは言わない、荷物まとめたらすぐ出てけ。んなもん提出しようもんなら握りつぶされた上、脱走犯扱いだ」
 少しでも戦力がほしいらしいからな、おれらのオウサマはと心底嫌そうに奴はつぶやいて。
「どうせ犯罪者扱いされるなら、剣くらい持ってけよ。おまえのその腕があるなら、生きてけるだろ」
 支給された、かざりっけのない簡素なそれをベッドから取り上げ、やれやれと言ったようにおれに背を向けた。
「おれは夜遊びに行ってるから、おまえが逃げ出したことは知らなかった、からな」
 せいぜい元気にするこったと、それだけ言うとドアノブに手をかける。
「ああ、ありがとう。最後にひとつだけ……おまえは、こんな現実を受け入れたのか?」  騎士として残ることを選んだそいつに問いかけたけれど、奴は答えることも振り返ることもせずに、部屋を出て行った。 そしてかしゃんと錠の落ちる音がして。
 長い間過ごした部屋に残ったのは、おれ一人だけだった。

 それからは、親切な忠告通りに、闇に紛れるようにして詰め所をあとにした。 家に帰るわけにもいかず、かといって、この国にとどまることもできなかった。
 隣の国へ移動して、最初は生活費を稼ぐ意味合いで、ある種の便利屋をはじめた。
 バカだし学もないけど、自慢できるのは己の剣技だけだったんだ。
 故郷は守れないけれど、その手にした剣でせめて、誰かを守りたくて。

 気の合う仲間と手を組んで様々な依頼をこなす間、故郷のことはよく耳にした。
 剣は国内だけでなく、国外にまで向けられようとしていて。
 戦争がはじまるのだと流れ始めた噂は、けれど、あっと言う間に消失していった。
 かわりに広まったのは、とある英雄の話。
 圧政に耐えかねた民と、守るべき剣を持った騎士が立ち上がり、狂った王を排除したのだと。
「それがお前の答え、か」
 騎士を率いたのは、よく知った男の名前。それが、あの日聞けなかった答えだった。


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掲載日:2010/12/26
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