... 独り寝が寂しい夜に ...
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・擬似親子で20のお題 - 追憶の苑様より
09:独り寝が寂しい夜に

 闇を切り裂くような稲妻と轟音にバケツをひっくりかえしたように、振り続ける雨。 小さな工房は吹き飛びこそしないものの、窓は頼りなく吹きつける風に揺れていた。
 養い親であるラズは、町の近くを流れる河川の様子を見に行いったきり戻ってこない。 夕食を終えた頃町から連絡はあったのだ。使いの男が言うには、側を流れる川の水嵩が増し堤防が決壊するかもしれない。 ラズと数人の魔法使い、それからたまたま滞在していた冒険者パーティと協力してその対応にあたる、とのことだった。

 気づかないような隙間風でもあるのか蝋燭は落ち着きなく揺れ、文字の読み辛さにリーンは眉を寄せた。
 リーンの感覚が正しければ日付がかわる頃で、風も雨も相変わらずの勢力を保ったままだった。 時折轟く雷鳴は分厚い遮光布の隙間からもその存在を認識させるほどで。様々な外界の音で聞き取りにくいはずの、 時計のカチカチという音がやけに耳に届いて、煩わしかった。
 しょうがなく本を閉じ、足は床に投げ出したままごろりとベッドの上に横になる。
(寝れそうにないんだよなぁ……)
 カチ、カチ、カチと針は時を刻み続け。
 一度起き上がりブーツの紐を解き、仰向けに寝転がった。そんな時だった。風の音に紛れて小さくドアの開閉音が耳に届いたのは。
 小さな足音はぺたんぺたりとまっすぐにリーンの部屋の前までやってくると、その前で扉の前をいったりきたりを繰り返すようにぐるぐるとまわる。
(なにやってんだか)
 苦笑して、暗い廊下でひとり迷ってるであろうその子の姿を思い浮かべ、 転がったばかりの体を起こすとそのまま扉へ向かう。木床の冷たさが足裏に心地良い。
「うろうろするなら入れば?」
 そっとドアをあけて呼びかけると闇にまぎれた少女は肩をふるわせて、それから泣きそうな顔でこくりと頷いた。
 部屋に招かれたエルは、見慣れない部屋だからか、落ち着きなくあたりをみまわす。
「ベッド。寝てていいよ」
 立ち止まったままのエルの背をリーンが軽く押せば、少しだけ躊躇いつつも少女は身軽にベッドの上に飛び乗った。
「俺はどうせ寝れそうもないし、朝まで寝ててかまわないぜ?」
 そう声を掛けてやればエルは嬉しそうに頷き、音を奪われた唇がありがとうを紡ぐのが見えた。
 リーンはベッドの側にクッションを運ぶ。それの上に座りベッドにもたれかかるようにして本を読み始めた。 ベッドの上のエルは、時折響く雷鳴に怯えるようにもぞもぞと寝返りを打つ。
「……怖かったのか?」
 寝付けない様子の少女に呼びかければ、少しの間の後、肯定する気配がした。振り返れば上掛けの隙間からちらりと顔をのぞかせている。
「ただの音と光の集合体だし、こっちまでそうそう落ちてこないって」
 たしかに音や光にはびっくりするときもあるけど、と続ければ、エルはふるふると頭を揺らす。
(怖いものは、まぁ怖いわな)
 リーン自身にも怖いものはあるのだ。例えそれ自体に害はないと理解していても。
 それを小さな子供に我慢しろだなんて、とても言えるわけがなかった。
 どう対処すればよいかわからぬままに居心地の悪い沈黙がやってきて、その間の悪さを本を読むことでごまかそうとしたとき、不意に服を引っ張られた。
 視線がかち合うと、エルは少し遠慮するように、
「(おうた、うたって?)」
 けれどその口ははっきりとそう言った。続けて、こもりうた、とはっきりと少女は告げる。
「子守唄、だぁ? あーもう、俺そんなガラじゃないんだけど……」
 そう言ってもなお、エルはお願いというような目でリーンをみやっていて。
 目を逸らすこともなんとなくできず、やがて、リーンはおれた。

「あーもう、俺ほんと歌下手なんだよ……。笑うなよ!」
 それだけ言って、両親と過ごした記憶を必死に思い浮かべる。
 小さなころ、ベッドの横に座った母が紡いだその歌の、歌詞とメロディーを必死に掬い上げた。 ずっと昔のその思い出は、掬い上げるその指先から零れ落ち、ようやっと歌い出しを思い出せたのは数分後のことで。
 リーンはコホンと咳払いをして、
「Yel rua, yel rua」
 顔ももうぼんやりとしか思い出せなくなった母が歌った歌を、口にした。

Nea juane olted' mai.
Hu az sieda to wi az set.
Hu ana ma olted' viola, Wi as xela kladela.
Ma cuma' nimetaes, Wi as wep jadey.
Guei,Nea juane olted' mai owell.
Yal banetly,yal banetly ta hu-to...

 悪いものに怯えなくても大丈夫だよ。怖いものから守るから。だから安心して眠りなさい――。
 大雑把に訳せばそんな意味の異国の子守唄だった。メロディは短調で音数も少ない古い時代のものだったけれど、 その素朴でどこか懐かしい歌がリーンは好きだったのだと、歌いながら思い出した。
 ごく自然に腕が伸び、エルの柔らかな金髪を梳いてやれば、彼女はほっとしたように笑ってリーンの歌に耳を澄ませる。 かつてそうしてもらったように、たどたどしいながらも夢中で歌い終えた時、
「寝たか、な?」
 ぱっちりと目を開いていたはずの少女は、あどけない寝顔ですやすやと夢のなかにいた。
 外は相変わらずの風と雨。夜明けまでもまだまだで、養い親はきっとずぶ濡れで作業に当たっているのだろう。
 零れてくる欠伸を咬み殺すと、リーンは蝋燭の灯を吹き消す。
 眠れるはずがないと思っていたはずなのにと苦笑して、エルを起こさぬように自身もベッドに背中合わせになるように潜り込んだ。
(寂しいのは、俺もか)
 遠のく意識の中、背中の温もりに何処か安堵する自分に、リーンは苦笑した。


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掲載日:2011/05/27
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