... 幕間・7 ...
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 紗幕の引かれた室内は薄暗かった。
 その陰鬱な空気が満ちた部屋に両側を僧兵に囲まれた男が一人、半ば引きずられるように連れ込まれた。
 腕を背で縛られているらしく、虚勢でも張っているのか背筋を伸ばしているものの、 ひどく疲弊した様子が隠し切れず浮かんでいる。その背後に別の僧兵が槍を手に立っていた。
 その場に無理やり両膝を付く形に抑え込まれた男は、彼を睨みつけるように顔をあげていた。
 暗さでわからなかったがいつかみたようにあの意志の強そうな藍色の瞳がこちらに向けられているのだと思うと酷く楽しくて、 気づけばくつりと喉が鳴った。彼が足を組み替えると同時に、眼前の男は無理やり頭を押さえつけられる。
「寛大な処分が下った。ありがたく聞け」
 傍らに控えた従者が言い、床に擦りつけられるほどに頭を押し付けられていて。 それはまるで彼にひれ伏すようであった。男が抵抗する様子を見せれば、後ろの男が槍の柄で背中をつつき、そしておとなしくなる。
 その状態で長々と述べられたのは寛大な処分とやらの条件だ。
 大きく分ければふたつ。
 ひとつは彼に従うこと。
 ひとつは得た情報を彼に渡すこと。
 顔は見えないものの男にとっては特にひとつめの条件が不服であろうことは、その態度からよくわかる。 引き起こされた男は、固く口を引き結んで返答を返さない。傍らの男が飾り短剣の柄で側頭部を殴りつけても、 男は呻き声ひとつ漏らさず、ただ真っ直ぐに彼を睨みつけていた。
「あの時言っただろう」
 言葉を投げかけてやれば、男は肩を揺らしたきいり大人しくなる。 数日前、捕えられたばかりのころ、言った言葉をもう一度口にする。
「今ここで逃げ出し変わらぬ未来を歩み続けるか、今は従い未来を変える可能性に賭けるか、どちらでも好きにすれば良い」
 彼がそういい右手をあげると、彼の傍らに控えた侍祭が動き差し出し、その手に捧げ持たれた盆を男の前へ差し出す。
 赤布の上には余計な装飾の無いくすんだ銀十字がひとつ、銀鎖と共に乗せられていた。
「逃がすつもりなんか無いくせに、か?」
 掠れた低い声。男は変わらずまっすぐに彼を見据え言う。
「逃げようと思えば逃げれるのだろう。宵闇殿程の腕があるならば手段さえ選ばなければいくらでも」
 言えば男は舌打ちし、つまらなさそうに。
「ああ、そうだ……条件がある」
 と短く言った。
「なんだ、言ってみろ」
「前にも言った。お前の力が及ぶ範囲で構わん。誰も殺すな、誰も捕らえるな。それを飲むなら奴隷でも犬でもなってやる」
 出された条件に、彼はひとつ頷いた。男を従わせることができるならば、その程度なんてことのない代償だった。
「その十字受け取りたくっても手が動かないもんでね」
 暗に外せとのたまう男に、彼は苦笑し僧兵に解放するよう指示を出す。
 自由を得た男は腕を軽くまわすと、侍祭からその銀十字を受け取り銀鎖を通すとすぐさま首からかけてしまう。
「これで満足でしょうか?」
「ああ構わんよ。これから私のために働けば良い、宵闇殿」
 不敵に笑う男の様に、彼はひどく楽しそうにそう言ったのだった。


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掲載日:2011/11/29
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